土佐山の人々

土佐山移住実践中!(順次アップ中)



 
 

服部さん一家  〜自分の生き方は自分で選択できる〜

hattori家族構成:ゆういちろうさん・あさこさん・お子さん3人
家:貸家
きっかけ:大学の友人の紹介

2014年9月、京都から3人のお子さんを連れて土佐山高川地区に移住をしてきた5人家族。手づくりのフローリングと暖炉、緑豊かな森林、目の前には青く澄み渡った鏡川が流れる素敵な家にお住まいです。

 
──────なぜ土佐山で暮らしているの?
アメリカやインドで生活を過ごされたことのある服部家。インドでは毎日起こる計画停電、カースト制度による貧困の差を目の当たりにして、日本が守られた安全で自由な国であるということを実感。さらに2011年3月11日には国外で東日本大震災を経験するなか「電気や石油に依存せずに、何が起こっても自分たちで生きていける暮らしをしたい」という想いが湧き上がり、土佐山で自然と共に暮らす新たな人生を選択して現在に至っているようです。
 
──────都会と土佐山での暮らしの違いは?
困った時にはすぐに飛んで来て助けてくれたり、猪の解体をしてくれたり…「私たちにとってはスーパーマンのようなカッコイイ大人がこの地域には沢山いる」とお話しするあさこさん。地域の人は地域で守る「お互い様」の精神が根付いている高川地区。都会と比べて近所の方から助けてもらう機会が増えたことで、「有り難い」という感謝の気落ちが一層強くなったようです。
 
──────将来に向けてのビジョン
お子さんには「親が生きたいように生きている姿を見せたい」と目を合わせて笑顔で語るご夫婦。お二人の生き様を子どもたちに見せることで「自分の生き方は自分で選択できる」「大人になることはどうやら楽しいこと」と思わせるような生き方を目指して実践しています。移住をしてきてもう少しで1年。毎日想定外のことが起きることを楽しみながら「お金では買えない価値」が土佐山にはあると確信しているようです。最後に「今はへっぽこだけどいつか土佐山に貢献できる人になりたい」とご主人が今後の抱負を語ってくださいました。
 
 

金光子さん  〜庭師xモノづくり工房〜

みんなでかまど作り(本人一番左) みんなから「キムちゃん!」と親しみを込めて呼ばれている、大阪出身の金光子(キム グァンジャ) さん。徳島の造園会社で働いていたころ、「土」について学びたいと思い、土佐山アカデミーの 3 か月プ ログラムに参加。そこでサスティナビリティやパーマカルチャ―という考え方に出会いました。造園の世 界では農薬が使われることが多い中、木酢やできるだけ自然な形での造園や農業に関心を深めてい きます。その後、縁あって高知で植木屋を営む現在の親方と出会い、2014 年土佐山へ移住。現在は、 親方の元で庭師として働きながら、土佐山アカデミーのシェアハウスに住んでいます。
 
kimu_02kimu_03 元々、大工の経験もあるキムちゃん。モノづくりの拠点をつくることも夢の一つでした。親方が何十年 も使っている「竹ぼうき」が、土佐山の人によって作られたことを知り、作り主を探したところ、すでに他 界していることがわかりました。先人のもつ技術がどんどん失われていることを実感し、伝統技術が継 承される場を作ることを決意。2015 年「みんなの工房 かまどの杜」をオープンしました。昔ながらの知 恵と技術を持つ地域の方達に先生になってもらい、手仕事を学べる場。興味のある人が集まって、工 房の道具を使い、周りの自然資源を活用し、竹細工や竹布作り、木工、はた織りなど、一緒にモノづく りできる工房を目指しています。
 「みんなの工房 かまどの杜」には、文字通り「かまど」があります。みんながカマドの火を囲んで、ワ イワイご飯を食べながら交流できるよう、願いを込めて手作りで作りました。土佐山で受け継がれてき た技術や資源が、次の世代にもつながっていくように。モノ作りを通して、その楽しさや大変さを体験 し、モノを大切にする心が育まれるように。キムちゃんの挑戦が続いています。
 
 

亀山さん一家  〜WEBマンガ「土佐山日記」で亀山家の日常を発信中!〜

家族構成:まさずみさん・ともこさん・お子さん3人
家:貸家
きっかけ:EDGE CAMP 2014
まさずみさんの小学校の頃の夢は「ピカソになること」。幼少期は絵であらゆる賞を総なめにしたようです。20代は兄弟でバンド活動をするなど、多才なご主人。「思い立つとすぐに行動する」アクティブで笑顔が素敵な3児の母、ともこさん。お互いのことを尊重し合うお二人の間には、いつもゆったりと穏やかな空気が流れています。
 
──────なぜ土佐山に移住したのか?
昨年5月頃から移住を意識し始めた亀山家。滋賀や山梨も視察をしたけれどどこも決め手がなく、その後まさずみさんが単身で土佐山アカデミーが主催するEDGECAMPに参画したことがきっかけになったようです。土佐山を選んだ理由の一つは、高知市街地から20分ほどで一気に山奥に行けるという魅力があること。また、地域との繋がりが深い土佐山アカデミーの存在や、県外からの移住者も多く受け入れ態勢がしっかりしていることも移住を考える上で大切な要因になったようです。
 
──────「土佐山日記」連載中!
土佐山の資源を使ってナリワイを創るというミッションがあった6ヶ月のEDGECAMP。家族5人で横浜から移住して土佐山で起こる亀山家の日常をWebで漫画を通して発信することを決意。『第3回ネーム大賞』に輝いたことのあるまさずみさんだけあってクオリティはハイレベル。
現在16話までをWebで公開しており絶賛好評中。
《土佐山日記》https://note.mu/mzomy/m/m3658119a4c46
 
──────これから土佐山に移住してくる人に伝えたいことは?
虫も嫌いだし、アウトドア派でもなかった亀山家。都会と比べて不便なことも多い暮らしにもかかわらず、楽しみながら軽やかに田舎での生活に順応しているようです。これから移住をしてくる人には「今、亀山家が失敗している経験を共有して、次に移住してくるご家族の参考になれば嬉しい」と語ってくださいました。
 
 

鳥谷さん  〜 農業xおむすびx自然エネルギー 〜

 土佐山桑尾地区に住む、鳥谷恵生さん。「とりちゃん!」と呼ばれ、みんなに親しまれています。高知県四万十市の出身。愛知の投資会社に勤めるも、高知で農業をやりたいと思いUターン。2013年から1年間「夢産地とさやま開発公社」の研修生として、有機農業を学びました。「将来は、色々な人たちと一緒に農業をやっていきたい」と思い「株式会社ソーラーファーム」を設立。畑の上にソーラーパネルを置いて発電⇒売電し、自然エネルギーを活用しながら農家の収益も上げることに挑戦しています。現在はブルーベリー、サクランボ、ビワ、すもも、いちじく等の果樹を育てながら発電中です。
 
 2014年4月からは、カボチャ、ジャガイモ、サツマイモ等を土佐山で生産。3年間放置された四方竹園の再生も試みました。地元の四万十市では、お米も作っています。昔ながらの田車やジャンボタニシを使って、できるだけ農薬に頼らない米作りを目指しています。「無農薬の田んぼには、本当にいい生き物が沢山いる」ととりちゃん。想いのこもったお米は、2014年、初収穫を迎え、道の駅やインターネット等で直接販売しています。
 
 とりちゃんのもう一つの顔「世界おむすび協会」理事長。お米を通して「人の心、人と自然」を結ぶ活動をしています。高知市の中学校では、子供たちとおむすびを結ぶワークショップを開催。誰かに結んだり、誰かからいただいたり、おにぎりを通して笑顔と会話が生まれ、繋がりを生み出せるように。「おむすびは世界を結ぶ!」が合言葉です。企業とコラボレーションするなど、シンガポールを皮切りに、高知県内外でおむすびイベントを開催しています。お結びをめぐる活動は、新聞にも大きく取り上げられるなど、多くの人の心を惹きつけています。
 
 農業研修をきっかけに、土佐山へ移り住んだとりちゃん。「土佐山は、有機農業に理解があり、取り組みやすい場所」とのこと。「地域の人たちの繋がりの深さ」も土佐山の魅力と感じているそうです。
 
 

真田裕子さん  〜ハワイと土佐山。自然や土地とつながる暮らし〜

sanada_01 だれでもすっと受け入れてくれるような、明るく、楽しい雰囲気のヒロちゃんこと、真田裕子さん。2013年に大阪から土佐山へ。2015年5月、ハワイのロミロミマッサージを取り入れた、リラクゼーションスペース「Laulima」を平石地区にオープンしました。
 
sanada_02ハワイのロミロミをなぜ土佐山で? ヒロちゃんにとってハワイでの体験が、土佐山へ移り住むきっかけになったとか。自然や土地との繋がりを大切にするハワイの伝統文化。中でもハワイアンの主食とされていたタロイモは、根の部分に育つイモを切りとり、残りは再び水田に突き刺して、次の成長を待ちます。それが10世代以上も行われるという、先祖や土地との繋がりを感じさせる食物でした。水田のある日本の里山でも、自然や土地との繋がりを感じながら暮らせるかもしれない。そんな想いの中、土佐山アカデミーを知り、地元の人たちと交流できたことが移住へとつながりました。
 「Laulima」はハワイ語で「みんなの手」=「協力する」という意味。地元の方たちとのコミュニケーションを大切に、地域の方がふらっと寄っておしゃべりできるような場になるように。また、他の地域からきた方には、豊かな自然を味わってもらえるような、開放感のあるロケーションでの施術、地元の温泉入浴、山川の散策など、この土地の資源を活かした非日常を感じてもらえるメニューを計画中です。
 
現代社会では分断されがちな「自然、暮らし、仕事」が一体となっている土佐山。自然のサイクルの中で、人の暮らしも仕事も無駄なく営まれている。そんな土佐山の暮らしを心地よく感じているというヒロちゃん。実は、地元消防団の団員というカッコイイ一面も持っています。
 
 
 
 

地域の方々(順次アップ中)



 
 

山本優作さん

土佐山の人々土佐山の東端に位置する菖蒲地区。ここには、全国で2カ所しかない私設公民館のうちの1つがあります。その持ち主が山本優作さん。旧土佐山村時代は役場に勤め、社会教育や夢産地とさやま開発公社の立ち上げなど、地域のために尽力されました。教育は行政だけが行うものではなく民間人も関われるはず、という思いから、この「和(なごみ)庵」を建てたそうです。希望すれば誰でも利用できます。
 
さて、この優作さん、ただ者ではありません。菖蒲地区の仕事をはじめ、夢産地とさやま開発公社の代表理事、有機農業研究会の事務局長、土佐山アカデミーの理事などなど実に22もの役職を担い、土佐山内外を駆け回っていらっしゃいます。何がどの会議か頭がこんがらがりそうです。 ふだんはその22の役職には含まれない農家、そして豆腐の作り手としてもご活躍されています。
 
土佐山の人々
 
優作さんが本格的に農業を始めたのは9年前、土作りによる安心・安全な農作物の生産進行と流通の確保に取組む(財)とさやま開発公社に携わりはじめたころ。「地域に有機農業の指導をするのに、自分が実践しなきゃおかしいでしょ」と、ずっと無農薬で、発酵鶏糞や公社のもこもこ堆肥などを使った有機栽培をされています。
 
豆腐の原材料となる大豆「フクユタカ」の栽培面積は13㌃。夏場は毎日、虫取りに追われます。芽を根こそぎ食べるヨトウムシに始まり、葉っぱが大好きなハスモンヨトウムシ、実がなる頃にはカメムシとの戦い。畑を丁寧に見回りながら一匹一匹、手で潰す。それだけで半日以上かかることもあるそうです。昨年は、その数なんと7千匹。それでもまだ少ない方で、多い年には10万5千匹も取ったとか。これらを全て一人でされているから驚きです。
 
土佐山の人々
 
大事に大事に育てられた大豆。最初は味噌などにしていましたが、「国産で有機100%の豆腐ってほとんどないでしょ。おいしい豆腐を家族に食べさせたいって思った」と5年前、近くに住む80歳過ぎの豆腐作りが上手なおばあちゃんに作り方を教わったそうです。もちろん、決まった分量はありません。「技は見て盗むもの。計算通りにいかなくて豆腐が固まらなかったり、失敗は何度もした。自分なりの感覚を掴むために、毎日練習したよ」
 
土佐山の人々私設公民館<和庵>の隣に、石を組んでセメントで固め、豆腐を作るための釜と小屋を自作。水は山から400㍍引っ張ってきた水を使っています。
 
豆腐づくりは週2日。まだ日の昇らない、午前3時半から始まります。一度に作る豆腐は10丁か14丁で、7時までの間に3回繰り返します。薪をくべた直径1メートル近くもある釜で丁寧に煮込まれた、完全有機大豆から豆乳をしぼるとあたりいっぱいに甘い香りが広がります。にがりを加えて、使い込まれた木枠に流し込めば、何から何まで手作りのお豆腐のできあがりです。
 
土佐山の人々
 
優作さんのお豆腐は、外はしっかりしてるのに、中はふわふわ!この、詰まっているのに柔らかいという不思議な食感は、手づくりならではのものだと思います。 この豆腐が手に入るのは、菖蒲にある杉本商店だけです。しかも、店頭に並ぶのは週に2日。わざわざ市街地や隣の南国市から、豆腐を求めてやって来るお客さんもいるそうです。
 
「大豆作りからかかっている労賃を全部考えたら、1個千円くらいになっちゃうかな」そういいながら、店頭に出す豆腐に百円の値札をつける優作さん。自分の手をせっせと動かして、本当によいものを喜ぶ人のもとへ。豆腐づくりには優作さんの生き方、働き方への姿勢が、そのままうつしだされているようです。

 

てるみさん

土佐山、高川地区で暮らすてるみさんは、80歳になった今も、家の畑の土入れから収穫まで、元気にこなす素敵な女性です。土佐の山々が気持ちよく一望できる高台にある畑で、てるみさんはとても丁寧に有機野菜づくりに取組んでいらっしゃいます。
 
土佐山の人々
 
土佐山にはお料理をつくる婦人グループがいくつかありますが、その一つが、高川地区にある「婦人グループあけぼの」(以下、あけぼの)。てるみさんは、あけぼのでも40年近く活動されています。あけぼのが作る「山菜づくし」という山菜をビニールパックにした商品は、農林水産大臣賞を受賞したこともあり、料理の腕はお墨付き。
 
土佐山の人々あけぼのは、高知の代表的な郷土料理である皿鉢(さわち)料理もお手のものです。皿鉢とは、大ぶりのお皿(直径約60 cmほどのお皿)に刺身などを盛り合わせた見た目に華やかな宴会料理で、高知のイベントや地元の組合の会には必ず出されます。人々は皿鉢を囲って語らい飲み交わすというように、地域の輪をつなぐ大事な料理となっています。
 
てるみさんたちは、山菜が中心の「健康皿鉢」を作っていますが、県外から依頼を受けて披露することもあるそうです。皿も地域によっていろいろですが、大きなザルを用いている皿鉢は土佐山だけです。第32回南国土佐皿鉢祭では、あけぼのの山菜皿鉢が金賞を取りました。
 
土佐山の人々
 
皿鉢料理づくりは、前日にそれぞれの食材の下ごしらえをし、作るのに1日半はかかるのですが、てるみさんはとても80歳には思えないくらい手早く、1度も休まずに料理の準備から完成までテキパキとこなし、その姿に圧倒されます。 「この若々しさはどこからくるのだろう?」。
 
そばで見ていると、地元の有機野菜や新鮮で上質の食材を用いて、手間をかけて料理し食事する、ということをごく当たり前に毎日していることに秘訣があるのだろうな、と感じます。

京ちゃん

短く刈り込んだ頭に、カジュアルな服。60歳を越えても自然と着こなせるのは、京ちゃんの若さがなせるもの。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、ハッキリ言える芯の強い姐御です。でも、笑ったときの顔がとっても可愛いのは内緒です。
 
22年間、土佐山で「京ちゃん食堂」をやっていた京ちゃん。料理の腕は今も健在です。シンプルなのにおいしくて、ご馳走になる度ついつい食べ過ぎてしまいます。お店をやっていた当時、お昼どきには京ちゃんのご飯を求める役場の職員さんたちで大にぎわいだったとか。「毎日手づくりやき、やっぱり味が微妙に違う。そしたら飽きがこん。それが良いんよ」。山の中の小さなお店だったけれど、県内外からお客さんが来ていたそうです。
 
土佐山の人々数多くのレパートリーの中でも人気の一品のひとつは土佐ジローの煮卵。蛍火くらいの弱火で、じっくり煮込んだ煮卵は、朝、仕事前に1時間コトコト。夕方、帰ってきたらまた1時間コトコト。冷まされる間に、味がゆっくりじんわり染みわたります。これを3日間繰り返して、ようやく出来上がり。
 
「土佐山の日」という年に一度の地域の大宴会では、大皿いっぱいの玉子があっという間になくなってしまい、ありつけなかった人もいるぐらい大人気です。割ると黄身まで醤油の色で染まっていて、噛めばじゅわあっとうま味が広がります。
 
食堂時代から、お客さんらの愚痴を聞いたり、相談に乗ったり、いろんな人を見てきた京ちゃん。若い面々は、ぴしりと叱られることもしばしば。嫌味がなくカラッとしていて、叱れる大人が少なくなった昨今、相手のことを思って叱ってくれるありがたい存在です。「人間やき、完璧はできん。でも、近づける努力はできるやん?」。そんな京ちゃんの言葉が身に沁みます。

土佐山アカデミーでは、様々な土佐山地域との関わり方をご用意しています!

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